天使の歌声で魂を揺さぶるXJapanのスーパーボーカリスト Toshl①

Toshi
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X JapanをYoshikiと創り上げたTOSHI

X Japan(X)を幼なじみのYoshikiと二人で結成し、ともに長年バンドを作り上げてきた、ボーカルのToshl。本名、出山利光。

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TOSHIは、まじめで優しい性格であり、相手を気づかい、誰とでも上手に打ち解けることができる人。人を信じやすく優しい性格のTOSHI彼のその純粋な部分につけこみ、彼を操って彼から貴重な時間と多額の財産を奪った奴らがいた。

完璧主義者のYoshikiからの期待に応えようと必死で高音を出そうとして喉を痛め、声が出なくなってしまい、喉を手術。プレッシャーのために心が潰れそうになり、弱っていた中で好みの女性、ある意味で運命の人と出会い、3年間の交際を経て結婚。そして彼女に導かれてカルト教団に洗脳され、地獄のような生活を12年間送る

その後、TOSHIがロサンゼルスに出向いてYoshikiと再会し、2007年にX Japanを再結成。

2010年頃、教団から脱退、離婚。2015年に洗脳生活の告白本を出版。

現在、Toshiはバラエティー番組で人気を博しながら再びXJAPANのボーカリストTOSHIとして、そしてソロシンガー「Toshl」 として、さらにYOUTUBERやプロデュ―サーの「龍玄とし」としても大活躍している。
【XJAPAN TOSHI】洗脳について赤裸々に語った(大竹まことゴールデン
(出典:YouTube)
👇洗脳されてまだ完全に抜けきれていない頃のTOSHI。
それでも美しいハスキーボイスは健在。
Forever Love – Toshi & Yoshiki

(出典:YouTube)

👇2018年11月、20年ぶりに待望のソロカバーアルバムをリリースして大ヒット。

Toshl「365日の紙飛行機」【11.15先行配信スタート!】

(出典:YouTube)

 TOSHIの少年時代

TOSHI千葉県館山市で3人男兄弟の末っ子として生まれる10月10日生まれ

上に2人の兄がいるTOSHIは、頭のいい優秀な兄たちといつも自分を比較してどこか劣等感を感じていたらしいそんな気持ちの表れが彼を音楽、ロックに向かわせたのかもしれない。

TOSHIの父親は公務員、母親はピアノの先生だった。母親の遺伝か、TOSHIにも音楽の才能がある。ピアノの調律師になるための勉強をしていた。少年時代のTOSHIは坊主頭で、音楽少年でありさらにスポーツ少年だったらしい。

TOSHIは、バレー部で汗を流しながら、さわやかな高校時代を送っていたようだ。

Yoshikiと幼稚園の時(4歳)で出会って以来、それ以後、小、中、高とずっと友達付き合いを続けていた。1977年に初めてYoshikiとバンド「DYNAMYTE」を結成。       その後、バンド名を「NOISE」に変え、この時にはギターを担当。

1982年、X(後のXJapan)をYoshikiとともに結成高校の学園祭や、ライブハウスでライブしたり、コンテストに出場したりと音楽活動経験を積む。

XJAPANの高校時代 文化祭でラウドネスやWe Are Xを披露!

(出典:YouTube)

貴重!! X JAPAN 紅 の完成前の原型バージョン!!

(出典:YouTube)

ライブのチケットは、Yoshikiがかなりの枚数を友達に売りさばいたらしい。   客のほとんどが地元館山の友達だったらしい( ´艸`)

そして、ToshiはYoshikiや仲間たちと一緒にまだ10代のうちからたくさんの舞台を踏んでいた。コンテストでは、ローディーがCO2をまき散らし、血のりを吐いたりして出入り禁止になったこともあった。ローディーといえば、あのジョージさんですね。

ToshiもYoshikiもかなり真剣に練習をし、レンタルスタジオの店員から嫌がられるほど夜中まで何時間もスタジオにこもり、練習していたらしいその努力の甲斐あってYoshikiが審査員特別賞をもらった。
Toshiは音楽の道でプロになることに覚悟を決めて、音大に入学を決めていたYoshikiの心を動かし、ともに音楽のプロの道に進むことにした。
TOSHIはそういう意味で、Yoshikiにものすごく大きな影響を与えてきた人物といえる。

 XJapanインディーズ時代のToshi

Yoshikiと二人で何度もメンバー全員チェンジをしながら音楽活動を続ける。

途中、1985年にディメンシアを脱退したTaijiが加入するが、一時脱退、一年後に再び加入。Yoshiki、TaijiとともにTOSHIもメンバー探しに明け暮れる。1987年頃から、TaijiがYoshikiの家に一緒に住み、毎日メンバー探しに行くようになった。ただ、しょっちゅうYoshikiとTaijiは、喧嘩していたらしい。Taijiが歯磨き粉やシャンプーのフタを閉めないとかの理由で( ´艸`)

「たけしの元気が出るテレビ」の運動会に参加するなどお笑い番組にYoshikiとTaijiと一緒に出演し、へヴィメタルが相当マイナーだった時代なだけに自分たちをアピール。

そして、Yoshikiが当時解散したばかりのサーベルタイガーのリーダーHideをXに誘い、Hideが加入。「元気が出るテレビ」で”やしろ食堂ライブ”を行う。TOSHIのアピールがすさまじい。 ( ´艸`)

たけしの元気がでるTV 「XJAPAN超お宝映像」

(出典:YouTube)

1985年、まだテレビに出始めたばかりだが、TOSHIがカメラの前で「食え~!!」と叫び、食事をしているお客さんの味噌汁までもらって飲み、お茶の間の笑いを誘った。そして、、 Taijiはやしろ食堂の前でお得意の火吹きを披露( ´艸`)

すでにこの頃、ライブでToshiは観客を盛り上げる天才的なMCをしていた。       この時、まだ20歳ちょっとすぎた頃。

👇「上海紅鯨団」に出演した時のYoshikiとTOSHI。

この映像は意外に見ていない人が多いのではないだろうか。TOSHIの本気ですごんでいる姿が迫力ある。目つきが怖い( ´艸`)ものすごい勢いが感じられる。

X Japan – 上海紅鯨団 YOSHIKI TOSHI 桜金造

(出典:YouTube)

TOSHIは、二十歳そこそこでまるで体育の先生のような口調のトークで客をあおり、ライブを盛り上げていた。ものすごい迫力だ。「政治家、一番前でヘッドバンキングさせてやる!!いいか、絶対来いよ!!」と怒鳴っている。
まさか、この数年後に小泉元首相がXJAPANのライブに自ら来ることになるとは( ´艸`)
X JAPAN – Give Me The Pleasure ~ Stab Me In The Back (Kyoto Sports Valley 1988.09.04)

(出典:YouTube)

この頃、Xはライブ終了後にお客さん全員に無料ビデオを配布し、話題を集めた。

無料配布ビデオの費用をまかなうため、メンバー全員が毎日躍起になってお金をかき集めた。

Toshiは会計係だったのでビデオ制作に必要な費用をXのメンバーから毎回7万円ずつ集めた。Taijiの部屋からはタンスやテレビなどがどんどん消えていったらしい。Hideは、美容師時代に貯金していた金を全てつぎ込んだらしい。

そしてこの無料配布が話題を呼び、勢いがついたXはそのすぐ後、

Yoshikiが自分自身で立ち上げたレコード会社、エクシスタシーレコードから初のインディーズアルバム「Vanising Vision」を出した。これが、発売一週目で1万枚を超えて、レコード会社からかなり注目された。
X Japan (Vanishing Vision Full Album) HD Audio

(出典:YouTube)

 👇「Vanisinng Visition」に収められている「I’ll kill you 」。

なんと、この「I’ll kill you 」は、Yoshikiが高校時代に作曲した曲。    上にある動画、「安房高校の学園祭のライブ」で、すでに披露されている。
X Japan – I'll Kill You

(出典:YouTube)

多数の大手レコード会社から声をかけられ、連日メンバー達はレコード会社から接待を受けていたという。TOSHIがラジオ番組でのトークで、この頃の話をしている。        接待で焼き肉をおごってもらったりしているうち、だんだんXのメンバーは太って健康的になっていったらしい。

👇メジャーデビュー前のCBSソニーのオーディション。この時、すでにデビューがほぼ決まっていたらしいが、審査員に対し、ケンカ腰であおっているTOSHIがものすごい迫力

X Japanをここまでの人気バンドにした大きな理由は、ボーカリストTOSHIの歌唱力とMCの能力の高さにあるだろうYoshikiの作曲家としての能力も大きいのだが。
X Japan – CBS Sony Audition 1987.12.26

(出典:YouTube)

89年2月、超満員の渋谷公会堂。この時もTOSHIがあおっていくうちに公会堂は熱気に包まれた。TOSHIの天才的なMCが   ライブをよりいっそう盛り上げる。

「溜まっているものを吐き出しちまえよ!」というTOSHIの言葉に客とステージが完全に一体になって、ものすごいエネルギーを発していた。 
X Japan – X Live 1989 (Blue Blood Tour – 爆発寸前GIG)

(出典:YouTube)

X Japan オルガスム 爆発寸前GIG

(出典:YouTube)

 X Japanのメジャーデビュー当時(X時代)のTOSHI

1989年4月、CBSソニーよりメジャーデビュー。                そして、XJapan 2ndアルバム「Blue Blood」をリリース。         ファーストシングル「紅」を発売、 オリコン1位。
👇メジャーデビュー直後、人気歌番組「歌のトップテン」に初出場した時の映像。
「Xというバンド名の由来」を司会の和田アキ子にきかれ、TOSHIが答えている。
「Xは未知の可能性を秘めている」
X_紅_歌のトップテン

👇爆風スランプと聖飢魔Ⅱとの共演でXのメンバーは緊張し、硬い表情。

6分~トークの場面で、サンプラザ中野から「いい人そうって言われます?」      と質問され、Toshiが「たまに~」と答え、場の空気を和ませている

X(エックス) TV出演①

メジャーデビュー直後からいきなり大ヒットしたXは全国のライブイベントに引っ張りだこで、大忙しだった。寝る時間もないほどの過密スケジュールの日々の連続だった

そして、メンバーはPV撮影と気分転換も兼ねてアメリカに行き、しばしの間、休暇を楽む。 

89年10月、セカンドシングル「Endless Rain」をリリース

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👇1989年「ROSE&BLOOD」ツアー1990年には日本武道館公演を含めた、     「血と薔薇」ツアー

X Japan – Weekend 1990 LIVE

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 「Voiceless Screaming」の中のTOSHIとTaiji

1990年11月からX JAPANメンバー全員がロサンゼルスでスタジオにこもってアルバム制作に打ち込む。 1991年7月、X Japan3rdアルバム「Jealousy」をリリース。

このアルバム「Jealousy」では、TOSHIはTaijiと一緒に(Taiji作曲TOSHI作詞)で2曲の作詞をしている。「Voiceless Screaming」と「Desparete Angel」だ

「Voiceless Screaming」は、Toshiの声が出なくて辛い時にその時の心情を詞にしたもの。Toshiの作った詞にマッチするようにTaijiがギターを弾いてメロディを付けた 

X Japan – Voiceless Screaming (Sub Español)
(出典:YouTube)
👇「VoicelessScreaming」の制作時のエピソードについて、この当時声が出なかったTOSHIの代わりにTaijiが語っている。
Xjapan sound gig 3-2 メンバーインタビュー有り

(出典:YouTube)

Taiji 「今までのスタイルではTOSHI君の歌ったものを俺たちがこうしてほしいとかジャッジが結構厳しかったんだけど割とあの曲に関してはTOSHI君に素直に歌ってもらってね今までと違って新しいというか、本来のTOSHI君が出ているんじゃないかと思う

この頃、TOSHIはYoshikiの期待に応えることが精神的にも精神的にも肉体的にも辛くなってきていた。TOSHIは尊敬するYoshikiに認められたかった自分が完璧に歌う楽器となることに徹しようとしたが、Yoshikiの要求にこたえられない自分を責め続けていた。Taijiだけは、この時にTOSHIの気持ちを理解していたのかもしれない

しかし、

Taijiは、Yoshikiにクビを宣告され、92年1月末でXJapanを脱退。  TOSHIにとってホンネでなんでも話せたTaijiがいなくなってしまったことがあり、精神的にさらにきつくなったのだろう。

Taijiが脱退後、バンドとしてのまとまりがなくなっていた(Yoshikiの著書より)
 この頃からTOSHIとhideがソロでの活動を始める。
Toshi – Always

(出典:YouTube)

1993年、TOSHIソロアルバム「made in HEAVEN」リリース。

Toshi "Made in Heaven" (full album)

(出典:YouTube)

TOSHIは、ソロコンサートで「Voiceless Screaming」を歌っていた。
この時、横でギターを弾いたのは、Taijiではなくナイトホークスの青木秀一
青木秀一は、この3年後にTaijiと一緒にバンドを組んでいる。↓の映像を見て思ったが、男っぽくて人間らしいところがあってTaijiに共通したものを感じる。
TOSHIは、Taijiが横にいてギターを弾いていた頃を思い出しながら歌っていたのかもしれない。TOSHIはナイトホークスとともに短期間の間、ライブ活動をしていた。
TOSHIソロコンサート おはようナイスディ① 青木秀一

(出典:YouTube)

この時期、Yoshikiからの期待とプレッシャーでTOSHIは精神的に相当疲れていた。

Toshiは、YoshikiとXJapanから離れて活動することで自分の心のバランスを保ちたかったのだろう。
Toshi "Grace" (full album)

(出典:YouTube)

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