X JAPAN、LUNASEA、GⅬAYのビジュアル系の絆① 

Xjapan
この記事は約22分で読めます。

photo credit: ChairWomanMay NYCC2014_XJapanPressConference_10102014_01 via photopin (license)

ビジュアル系ってどういうバンド?

photo credit: chinnian Luna Sea : The End Of The Dream Asia Tour 2013 – Singapore via photopin (license)

Yoshikiが語るヴィジュアル系とは、既存のジャンルにとらわれない音楽=自由な音楽を表現するバンドのことをいう。                     Yoshiki率いるXJapanはじめ、他の元祖ビジュアル系が、影響を受けてきてこれから表現していこうとしている音楽は、KISS、ツェッペリン、デヴィットボウイや、パンクロック、ポップなど一括りにできない。ハードロックだけでなく、単にロックだけでもなかったので、既存のジャンルにとらわれずに自分たちの音楽を自由に表現しようとしてつくったジャンルーーをビジュアル系とした
  
 
ただ単に見た目に男性が派手にメイクをして女性のような服装センスをしているものではないらしい。ビジュアル系という言葉からして外見が重視されているようだけど、そういうわけではないという
1990年代の元祖ビジュアル系のバンドの代表が、X(XJapan)だ。     「ビジュアル系」という言葉を初めて使ったのは、hide。Xのキャッチフレーズ、「PSYCHEDELIC VIOLENCE CRIME OF VISUAL SHOCK」のVISUALからとって「ビジュアル系」と名付けた。
Xデビュー以前にもビジュアル系といえるようなバンドが、DEAD END、BUCK TICKなどが活躍していたが、そういった見た目が派手なバンドを一括りした「○○系」という言葉がなかったのと、彼らはXほど認知度が高くなかった。
そのため元祖ビジュアル系というと、まず初めに浮かんでくるバンドが「X(XJAPAN)」なのである。そして、その後にXに続いてXの弟分のLUNASEA、さらにその弟分GLAYというように、ビジュアル系バンドが続々と認知され、人気が出た。
「元祖ビジュアル系」に続いて2000年以降「ネオビジュアル系」も出てくる。ネオビジュアル系については、また別の記事で触れたいと思う。

2016年にXJapan主催で開かれたVISUAL JAPAN  SUMMIT

『VISUAL JAPAN  SUMMIT 2016』 の開催にあたって、Yoshiki、SUGIZO、TAKUROの3人が結集した。

ビジュアル系バンドの基準についてを話している時にYoshikiが言ったことは、   ビジュアル系バンドに一番大切なことは、「気合が入っていること」だそう。

「ゴールデンボンバー”金爆”はどうします(呼びます)?」と訊かれた時、Yoshikiが一瞬言葉につまっていた。ゴールデンボンバー”金爆”は、Yoshikiからすると、ビジュアル系には入らないのだろうか? ( ´艸`) いやいや、そんなことはない。

X JAPAN、LUNA SEA、GLAYが夢の共演、YOSHIKI、SUGIZO、TAKUROが会見

👇ゴールデンボンバーも呼ばれドラムを・・・ なんとあの人が叩きに来た・・実はYoshikiはこれ以前に金爆のライブに興味を持ち、自ら足を運んでいたらしい。

VISUAL JAPAN SUMMIT_めざまし 20161017
VISUAL JAPAN SUMMIT_スッキリ20161017

(出典:YouTube)

👇「EXTASY SUMMIT ’91」

Yoshikiが自分達やインディーズバンドのレコードを自主製作するためにの創ったレーベル「エクスタシーレコード」が主催してビジュアル系バンドが結集したライブ元祖ビジュアル系バンドが結集した伝説のライブで、1991・1992年と開催された。

RyuichiがDEAD ENDのMORRIEさんをリスペクトしていたから、ほぼMORRIEさんみたいなビジュアルだ( ´∀` )

LUNA SEA PRECIOUS… EXTASY SUMMIT 1991

(出典:YouTube)

👆1991年のエクスタシーサミットでのLUNASEAこの時まだメジャーデビュー前インディーズのレーベルである「エクスタシーレコード」からレコードを出していた翌1992年にLUNASEAがメジャーデビューした

元祖ビジュアル(VISUAL)系をX Japanと共に創ってきた、LUNASEA


photo credit: chinnian Luna Sea : The End Of The Dream Asia Tour 2013 – Singapore via photopin (license)

エネルギーがあふれてパツンパツンに尖りまくっていたLUNASEAのメンバー

LUNASEAは、1889年バンド結成、1992年5月21日メジャーデビュー。

メジャーデビューに至るまでは150人収容の町田のライブハウス「プレイハウス」を中心にして活動をしていた最初にお客さんが10人しかいなかった時代も経験した。

デビューした頃のRyuichi(河村隆一)もSUGIZOもINORANもJも真矢も若さに満ち溢れ、血気盛んでギラギラしていた。この5人がぶつかり合っているステージは、すさまじいエネルギーにあふれていた。その荒っぽい、すさまじいエネルギーが観ているファンを魅了してきたLUNASEAの5人は、1人1人がスターで、本気で上を目指してバンドをやろうとして集まったメンバーだ。それだけに激しい軋轢があったようだが、その熱いバトルがLUNASEAを唯一無二の最強ロックバンドにしてきた。

 

👇LUNASEAがLUNASEAになる前の「LUNACY」だった頃、結成一周年から行われていた「黒服限定GIG」

LUNA SEA 1周年記念ワンマン黒服限定GIG

(出典:YouTube)

👇LUNASEAがメジャーデビューする前からすごい人気バンドだったことがわかる映像。

インディーズの頃から、LUNASEAは唯一無二のロックバンドだったということがわかる。「LUNASEAの目標は、Xですか?」ときかれて「いえ、違います。」SUGIZOが答えている。でもその後「Xは影響を大きく受けている先輩ですけど。」と、しっかり言葉を付けくわえている。さすがは、SUGIZO。

デビュー当時のビジュアル系バンドで見た目がド派手でイケイケだった時代もしっかりとインタビューなどでの押さえどころをわかっていた、そういうSUGIZOがとっても素敵。

LUNA SEA – Interview 1992 (黑服限定GIG)

(出典:YouTube)

👇LUNASEAファンの中でもよく知られている「pophill’92」。          LUNASEAはこの時、一緒に出演したバンドの中でも特に光っているバンドだった。    メジャーデビュー直後で勢いがものすごく自分達がこの場の空気を根こそぎ持っていってやるというギラギラした野心でいっぱいだった。インタビューでのJの発言が物語っている。

LUNA SEA  POPHiLL '92 再UP

(出典:YouTube)

この頃のLUNASEAのメンバーは21と22歳。ちょうどXJAPANがメジャーデビューした頃と同じくらいの年齢LUNASEAもエクスタシーレコードからアルバムを出して、1992年にメジャーデビューを果たしていた。


photo credit: ZephyrusSly Luna Sea ,, Reboot to the new Moon. via photopin (license)

この5人は、もともと地元(全員が神奈川県出身)が近くてメンバーの中でもSUGIZOとINORANとJは、家も近所で神奈川県秦野市出身。 INORANとJは同じ中学校の同級生で、SUGIZOと真矢は1年先輩らしい。

photo credit: chinnian Luna Sea : The End Of The Dream Asia Tour 2013 – Singapore via photopin (license)

LUNASEAメンバーは、SUGIZOと真矢が他の3人のメンバーより1歳上だが、全員が同世代のようなメンバー 。                 LUNASEAの5人は町田のライブハウスから活動を始めた一緒にバンドを始めるにあたって自分がバンドを絶対コイツとやりたいと強く思うメンバーを探し出して見つけ出した厳選されたメンバーだった。お互いを選び抜いて集まったメンバー5人だったが、5人とも上へ上へと上昇志向が強く、前に出ていく個性派のタイプなので、メジャーデビュー直後からメンバーどうしの衝突が絶えなかったらしい。
👇「エクスタシーサミット1991」の時のLUNASEAメンバー。
LUNA SEA – WISH / extasy summit 1992

(出典:YouTube)

👇メジャーデビュー当時のLUNASEAのインタビュー映像。

現在とは全く別人のLUNASEAメンバー達。東海林のり子さんからインタビューを受けている。

東海林さんが一人一人の若者の素顔を引き出そうと自然に話をするため、仮面を剥がされているようにナチュラルに話をするLUNASEAのメンバー。               Ryuichi、SUGIZO、J特に真矢は「誰?」っていうくらいのレベルINORAN若くて、メンバーみんながめちゃくちゃ可愛い!!

LUNA SEA part2 interview wish HD

👇女性司会者に、Ryuichi(河村隆一)が「髪の毛はもみ洗いするんですか?」と訊かれて、地肌系をもみ洗いするってことですか?」と真面目な顔をして答えているのがすごく面白い ( ´艸`) 

「普段はどんな人ですか?」と訊かれ自分のことを次のように答えている

「普通の男の子」(Ryuichi) 、「すごくおっとりしてるやつ」(SUGIZO)、 「ただの小僧」(INORAN)   、「気分(や)」(J)、           「一番ルックスが若い(と思ってる)」(真矢)
INORANのことをSUGIZOが「スナフキン」ですねって言ったのも面白い。( ´艸`)
そして、Jは「その日によって自分がまるで別人のよう」と言っているのを聞いて、HIDEとの仲が良かったのがわかるような気がする。Jは、HIDEを「兄貴」と呼ぶほど慕っていた。
LUNA SEA MUTOMAJAPAN

👇1995年のLUNASEAの東京ドームライブ                                                         この頃Ryuichiはメイクをやめ、素顔に近いメイクでステージにいた。

LUNA SEA – LUNATIC TOKYO (live 1995)

(出典:youtube)

👇メジャーデビューから6年後の1998年4月

Ryuichiは「河村隆一」としてソロで大活躍。 他メンバーもソロでそれぞれが活動していた。

河村隆一 BEAT

(出典:YouTube)

少しずつ5人でいることが難しくなりLUNASEAメンバーで活動する時間が減っていた結成し、デビューしてからライブ活動、レコーディングの時などは寝るとき以外ほとんどの時間をメンバー全員でいたため、かなり煮詰まっていたのだろう。

Jは、ジッポに火をつけて最後、バッコーンて爆発させてそう」「怖いな~、だいぶ人やっつけてるイメージあるな」とダウンタウンの松本にいわれ、INORAN「濡れネズミ」と言われている。酷すぎない?( ´艸`)そこで真矢が「俺なんかは内に秘めた怖さがありますけどね」と、ボケて笑いを誘っている。この頃から真矢はお笑い担当だったらしい。

 ダウンタウンの2人、特に松本さんは失礼だな~と思いながらも笑ってしまう。( ´艸`)

志人本松さんの基礎体力 その28

(出典:youtube)

1997年クリスマスイブに横浜スタジアムでのライブを行い、1年間LUNASEAとしての活動を一旦ストップすることを宣言し、その後それぞれがソロ活動をした

その1年後、またソロ活動で得たものを持ち寄りLUNASEAとしての活動を再スタートさせた。

LUNA SEA 1997年 5人インタビュー
LUNA SEA 強風により数十億円をかけたステージセットが倒壊 決行LIVE

(出典:youtube)

👆1998年、東京の豊洲で野外ライブを行った。

数十億円かけたステージセットが突風被害により、崩壊。それを見たメンバーはこの崩壊したセットをバックにライブを決行することに決めた。これによりキャパシティーは拡大し、無制限に観客を受け入れられたため、チケット代さえ払えば誰でも入場できるようにした

しかし、結局この2年後の2000年、東京ドームの公演を最後にLUNASEAは無期限活動休止状態(終幕)に入る。しばらくの間、完全にLUNASEAの活動が止まってしまった

しかし、8年後、2008年LUNASEAの5人は再び東京ドームで「一夜限りの復活ライブ(One night Dejavu)」を行った。

LUNA SEA ルナシー「REW~リワインド~」 DVDヒストリー映像作品 FULL HD

(出典:YouTube)

LUNASEAが無期限活動休止、「一夜限りの復活」から再結成へ

photo credit: [ A E ] 印有我生日日期的flyer ♥ 是好幸福的事 ♥ via photopin (license)

(出典:YouTube)

👇LUNASEAの終幕(2000)~一夜限りの復活ライブ(One Night Dejavu)(2007)~再結成(2010)までを振り返っている。

LUNA SEA 「LIVE MONSTER」トークのみ

(出典:YOUTUBE)

👇「一夜限りの限定GIG(One night Dejavu)」IN東京ドーム。LUNASEAメンバー全員がすごく楽しそう。長い間、バラバラになっていた家族が結集してまた活動したことで「お帰り~」とファンに言われているような感じだっただろう。LUNASEAメンバーみんなの顔が生き生きしている。

LUNA SEA- IMAGE -LUNACY 黒服限定GIG ~the Holy Night~

(出典:YOUTUBE)

この「一夜限りの復活GIG」からすぐ再結成とはならなかったが7年ものブランクの間メンバーそれぞれがソロの経験をして、再び集まって音を出したその瞬間に全員が、「カッコイイ!これだ!」「LUNASEAは家族なんだ」と全員がものすごい感じるものがあったという。それは、メンバー一人一人が別々の場所で違う経験を積み、再び集まって出来上がった音だった。そして、そこから徐々に再結成へと向かいだした。

Free-Photos / Pixabay

LUNA SEA 2008 復活ライブ ドキュメント 1of4

(出典:youtube)

LUNA SEA 2008 復活ライブ ドキュメント 2of4

(出典:youtube)

LUNA SEA 2008 復活ライブ ドキュメント 3of4

(出典:youtube)

 

👇LUNASEAの再始動、結成20周年を記念してのワールドツアーに向けての記者会見。

LUNASEAのメンバー全員が再始動に向けて前向きな意見をしている。  

SUGIZOは、「終幕の際にはネガティブな気持ちだったが、メンバーに再会して本音でぶつかり合って壁をぶち破ったことで、新たな気持ちでやっていこうという気持ちになった」と話している。そして「自分だけの好み、思考、プライド、意地などは粉々に崩れ去って、これからはLUNASEAに対しての責任と貢献をしていく覚悟をする気になった」と話している。

LUNASEAの音楽に影響を与えられるファンや様々なバンドなどの人たちのことを考えて今後はLUNASEAの活動をしていこうという気持ちをあらわしているのだと思う。

LUNA SEA Comment "20th Anniversary WORLD TOUR 'REBOOT ~to the New Moon~'"

(出典:youtube)

👇LUNASEA再結成ライブin 東京ドーム

復活する時、SLAVE限定で完全無料のGIGをやった東京ドームでこんことをやれるのは、LUNASEAだけだろう活動休止期間中も休みなく活動してサポートし続けて再結成の場を提供してくれた、SLAVEに対する感謝の気持ちを示したかったのだろう。LUNASEAがSLAVEをどれだけ大切にしているかがよくわかる。※「SLAVE」は、LUNASEAのファンのこと。

LUNA SEA ROSIER(2010.12.24+25)

(出典:YouTube)

再結成後、さらにパワフルに活躍するLUNASEAのメンバー達

再結成後、LUNASEAは、2012~13年に6日間のライブを開催。

再結成してLUNASEAメンバー達は、成長しお互いのことを尊重するようになったので、今はこれまで以上に5人の個性が良い形で表現されている。       こんなに全員が個性的でスターぞろいっていうバンドってLUNASEAしかいない。メジャーデビュー後も一人もメンバーチェンジすることなく活動し続けていることが最高に素晴らしい、LUNASEA、最高!!
LUNA SEA LIVE TOUR 2012 – 2013 The End of the Dream at Nippon Budokan Part 1

(出典:youtube)

👇「SLAVE限定、黒服限定GIG」2013年    

1時間49分真矢のドラムの前にINORAN、Ryuichi、J、SUGIZOが集まってみんなで仲良く横に並んで、ニコニコ笑いながら座っているシーンが何ともいえなく微笑ましい。真矢がカメラに向かって、笑顔で「ねえ、みんな見て」というばかりに他の4人が並んだところ手で示している。真矢は、「このLUNASEAメンバーでずっとこれからも続けていかれることが夢」と話していたので、この場面がすごく嬉しかったんだと思う。

LUNA SEA 【SLAVE限定GIG 2013両国国技館】

(出典:YouTube)

一回壊れてしまおう、正解なんていらない黒服限定、無料ライヴ、こんな馬鹿げたことに東京ドームを使えるバンドはたぶん俺達しかいないんだから」──RYUICHI

インディーズ時代にライヴ・ハウスで企画していた「黒服限定GIG」を東京ドームでやるなんて、やっぱり根がパンクなんだと思う俺達の根底は変わりようがない」──SUGIZO

過去何回も一緒にクリスマス・ライヴを過ごしたけれど、その中でも一番スペシャルなクリスマスになると思う」──INORAN

刺激を求める自分らの欲求に忠実に、ドキドキできるものを探して、そしてそれを現実に変えていくこのとんでもないライヴにみんなで加担してもらって、どうか歴史の目撃者になってほしい。体験してほしい」──J

勢いだけでやっていたあの時代となんら変わってないことが嬉しい」──真矢

ドラムの真矢はTVでのインタビューで「夢は?」と質問をされた際「ステージでLUNASEAのメンバーと目が合うと幸せを感じる。これからもずっとこのLUNASEAのメンバーと一緒にやっていかれることが夢」と話している

Free-Photos / Pixabay

2015年・2018年のルナフェス

2015年にLUNASEA結成25周年を記念し、ルナティックフェスタ”ルナフェス”を開催。

オープニングにトップバッターとしてLUNASEAのインディーズバンド時代のバンド名義の「LUNACY」で、出演メンバーは、インディーズバンドだった頃の派手な衣装やメイクで登場

LUNATIC FEST. LUNACY FATE

(出典:youtube)

👇LUNASEAの兄貴分、SUGIZOがギターをつとめているXJapanのライブも盛り上がった。

LUNATIC FEST. X JAPAN

(出典:YouTube)

ステージの最後を飾った、LUNASEAは、hideの「ピンクスパイダー」を演奏した。

2015年のルナフェスのフィナーレでは、出演者全員でLUNASEAの代表曲「Precious」を演奏。XJapanを含む、出演バンドが集まりステージを熱くした。

LUNATIC FEST. LUNA SEA DAY1

(出典:YouTube)

2015年ルナフェスの2日目のLUNASEAのステージでは、hideの「ROCKET DIVE」を演奏し、盛り上がった。JとSUGIZOが天国のhideに向かって、手を合わせたりしてhideに挨拶してる。

LUNATIC FEST. LUNA SEA DAY2

(出典:YouTube)

👆54分30秒RyuichiがGLAYのTERUに「(俺たちは)同じ時代を生きているから、多くを語らなくてもいろいろ伝わるものがあるね・・」

TERU「これからこの時代、どんどんつなげていきたいですね!」と言いながらRyuichiと2人でお互いに肩をたたき合っているシーンがとても感慨深く、素敵。

GLAYは、LUNASEAの2年後にデビューした。LUNASEAのメンバー達は、GLAYの存在を弟分のように思い、何か他のバンドとの間でいざこざがあると盾になって守ってくれたらしい。

👇2017年7月、元黒夢の清春の番組であるBABYLON CHANNELにGLAYのHISASHIがゲスト出演した時、ヴィジュアル系の人間関係について清春と語っていた。

50:40~”🎸ギター会”について

56:40~清春「ヴィジュアル系って僕らの世代はめちゃくちゃタテ社会だった。出る杭は打たれた」 GLAYのHISASHI「(出る杭は打たれるとか乗っ取りとかあったけど、)LUNASEA先輩が守ってくれた」と話している。

BABYLON CHANNEL vol 6 ゲスト:HISASHI (GLAY) MC:清春×ミラクルひかる

(出典:YouTube)

👇ルナフェスでとっても楽しそうだったYoshiki。

「エクスタシーサミット」の時のことを思い出しながらHideの愛用していたイエローハートのギターを弾いていたのだろう

LUNASEAが主催となって開催されたこのライブでかつて元祖ビジュアル系といわれたバンド、XJapanはじめ、GLAY、DEAD ENDやBUCKTICKなどが集まり盛り上がった。これが、1年後の2016年のビジュアルジャパンサミットの開催へとつながっていったのではないかと思う。
2015年ルナフェスのエンディング。出演者全員で「Precious」を演奏。      Ryuichiが声をかけてステージに出演者たちを呼び集めた。ビジュアル系バンドが大集合した。
LUNATIC FEST. SESSION DAY1&2

(出典:Youtube)

2018年のルナフェスには、X JAPANの他、2015年のルナフェスに出演した、バンドの多くは参加しなかったX JAPANはバンドとして出演しないかわりにYoshikiがソロで参加。Yoshikiのステージでは、RyuichiやGLAYのTERUがボーカルをつとめた。

👇Ryuichiが「kureinai」を熱唱。

隆一 紅

(出典:YouTube)

👇GLAYのTERUが「SAY Anything」を熱唱。さらにSUGIZOのバイオリンが華をそえた。

Yoshiki feat Teru, Sugizo – Say Anything(LUNATIC FEST 2018)

(出典:YouTube)

Yoshikiは、LUNASEAのステージでもピアノを演奏し、LUNASEAのメンバーと抱き合って仲の良い姿を見せていた。「仲間ってホントに良いな」とYoshikiが言っていた。
👇INORAN Bar Season 2 Vol.2 〜INORAN Bar × YOSHIKI CHANNEL 3周年記念SP 〜630~ルナフェスの話をYoshikiとINORANがしている。
YoshikiはLUNASEAのメンバーが自分を慕ってくれているのが嬉しいようで、LUNASEAと一緒にステージでやった時に「愛を感じた」と話している。Yoshikiはルナフェスに出ることが嬉しくて楽しそうだ
2018年のルナフェスのステージは、動画で見れるものがなかったがこの番組で2人が話している時にHIDEとYoshikiが共演した「HURRY GO ROUND」を演奏した場面も見ることができる。
27:00~クリスマスにLUNASEAが毎年恒例でライブをしていた話になり、そこからなぜだかYoshikiが「もうすぐクリスマスか~」と言って、INORANが「いやいや、まだまだとりあえず3日間のライブもありますから」と話を戻そうとした。
そこで、さらにYoshikiが「クリスマス大好き💛」と言って、クリスマスの曲をピアノで弾き出すというYoshikiらしい自由な展開笑えた。( ´艸`)
180827 INORAN Bar Season 2 Vol.2(※無料視聴部分)

(出典:YouTube)

YoshikiとSUGIZOのコラボレーション

👇2018年12月末、紅白歌合戦の前にオンエアされた「Yoshiki Channel × Sugizo Tube」ではYoshikiがⅩJapanに加わってくれたSUGIZOに感謝し、SUGIZOがⅩJapanに加わってくれたことが未来のバンドの在り方を変えたと話している。(1:28:40~)

2018年のYoshikiとSUGIZO、XJapanの活動を振り返っている。

それまでは点でしか存在していなかったバンドを線でつないでくれて、コラボしていかれることをSUGIZOは実際に体現してくれていると話している。SUGIZOに対するYoshikiの感謝とリスペクト、Yoshikiに対するSUGIZOのリスペクトがⅩJapanの中でとても素晴らしい働きをしていると感じる。この2人のコンビが大好きだ。

SUGIZOがXJapanメンバーにいることでYoshikiはじめ他のXJapanのメンバーにすごく良い影響を与えてくれる。私はSUGIZOが神のように思えてしまう。

YoshikiとSUGIZOは、共通している考えをもっていて共通している才能が多い。2人とも世界で活躍しているミュージシャンで、セルフプロデュース力が素晴らしい。SUGIZOもYoshikiと同じようにいろんなジャンルの音楽を好み、取り入れている。2人ともベースにクラシックがあり、様々な要素をロックに取り込むことができるミュージシャン。今後も2人がコラボしてどんな音楽を生み出していってくれるのかが楽しみ♪

(開始時間1:10:59)

SugizoTube Vol.11「SugizoTube ☓ YOSHIKI CHANNEL」伝説対談SP〜SUGIZO&YOSHIKI生出演〜【前半】

(出典:Youtube)

あなたの声を聞かせてください★i-Say

「XJapan以前にヴィジュアル系の原型を作っていたカリスマバンド」☛ⅩJapanの前にビジュアル系の原型をつくったカリスマバンドDEAD END
「XJAPANとLUNASEAのチーム力」について別記事で書いたのでそちらもよかったら読んでみてくださいね。☛SUGIZOから見た、X JapanとLUNASEAの2つのビッグバンドのチーム力

コメント

error: Content is protected !!