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「ウェンブリーで俺は死ぬよ!!」とYoshikiに言い放ったPATA
2015年、紅白歌合戦に18年ぶりに出場したXJapan。

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紅白に出場後、Yoshikiは翌日すぐ元旦にLAに戻ってウェンブリーアリーナでのロンドン公演の準備と新しいアルバムリリースの準備を始めようとしていた。その後、TOSHIやSUGIZOもLAに来て、一緒に新しいアルバムの最終チェックの準備をしていた。2015年の日本ツアー中から新しいアルバムの最終調整で「もう1曲増やす増やさない」「アレンジするしない」という話をしていた。
イギリスのロックの殿堂、ウェンブリーアリーナでの公演はYoshikやXJapanのメンバーにとって長年の夢だった。その頃、XJapanのドキュメンタリー映画「We are X」が公開されて、アメリカのサンダンス映画祭にノミネートされた。

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Yoshikiは、ウェンブリー公演の準備と新しいアルバムの準備を優先させたかったので、米サンダンス映画祭の授賞式は不参加にしようと思った。しかし映画関係者たちに「サンダンス映画祭にノミネートされるということがどういうことがわかっているのか!」と怒られ、参加することにした。 (その結果、ワールドシネマドキュメンタリー部門の最優秀編集賞を受賞。)
ちょうどその矢先、1月中旬にPATAの緊急入院の連絡が入った。
その時にPATAは集中治療室に入っていたので、YoshikiはPATAと直接話が出来ずにただただ驚いていた。その後、直接PATAと話せるようになった時、
PATAは、なんと(Yoshikiに)「ウェンブリーに行く」 「ウェンブリーで俺は死んでやるよ」と言った。
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Yoshikiは、その言葉を聞いて衝撃のあまりに言葉を失った。
PATAは、そこで終わりを告げるつもりでいたらしい。
そこでYoshikiは「ウェンブリーは最後ではなく始まりなんだから。」と話した。
その後、XJAPANのメンバーとPATAの体調を最優先し、最終ミーティングをしてウェンブリー公演を延期することに決めたという。
その時にPATAは「そんな重要なスケジュールをずらせるのか?」と言ったらしい。
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Yoshikiは「そういう事が前にもあったじゃないか」と話した。
その後、2月3日にPATAが緊急入院していることが発表された。
そしてそれを受けて、3月12日に予定されていた英国のウェンブリーアリーナ公演や新しいアルバムの販売延期も明らかになった。
──今のPATAの状態はどうなんですか?
YOSHIKI:この前会ってきましたが、その時は大きな手術を控えている状況でした。その手術も順調に行きました。
また近々会いますけど、でもね、PATAもさすがX JAPANにいるだけあって、精神的にはものすごく強い人です。彼は、弱いところを見せない真のロッカーですよ。
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──伊達にX JAPANをやっていない、というわけだ。
YOSHIKI:ほんとにそうです。尋常じゃないですよ。実はね、PATAを含めメンバーも相当疲れきっていたところもあるんです。紅白歌合戦の当日も朝までスタジオに入っていて、徹夜状態で演っていたんです。どこかで誰かが倒れるかもしれない、みたいな超過密なスケジュールをこなしていたところだったので。
「JAPAN MUSIC NETWORK “BARKS” 」 より引用 ( https://www.barks.jp/)
hideと一緒にhideのソロライブに参加していたPATA
むしろ、対極にいるギタリストどうしだったからこそ特にあまりぶつからず、絶妙なバランスが取れていたから仲が良かったんだと思う。HIDEから見たPATAは「一緒にいても気にならない人間」だそうだ。

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PATAはhideのソロ活動のサポートメンバーとして、hide with Spread beaversのライブに加わっていた。PATAはいつもhideのソロのライブ活動のサポートをしていた。そのためPATAはHideと結構一緒にいる時間が長かった。
「たしかにhideと俺は真逆のようなんだけど、交わっているうちに一緒じゃん」とPATAは思ったそうだ。
あれだけずっと一緒にいたから(HIDEは自分にとって)相方かな。ギターでいったら相方って、あの人しかいない。2人でいるバンドもあったけど、相方と呼べるのはあの人しかいないかな。 – PATA
?hideのソロのライブのステージでのパフォーマンスについてPATAがコメントしている。
PATAは基本何も言わずにhideが生み出したアイデアの通りにやっていたが、ある時ステージに出て行く時にモデルの女性と手をつないで一緒に出ていく場面があり、それがとっても恥ずかしかったらしい( ´艸`)。
(出典:YouTube)
hideの死後、葬儀の翌日にPATAはhideと共にしていたコンサートについて語っている。
恥ずかしがりのPATAとHEATHがhideとの思い出を懸命に記憶をたどりながら語っている。
2人がhideのことをとても慕っていたことがわかる。
(出典:YouTube)
(出典:YouTube)
(出典:YouTube)
HIDEから見たPATAは、「兄貴」
HIDEからみたPATAは、「年下だけど兄貴」だったらしい。
HIDEは、PATAのことを「PATAは一緒にいても気にならない。自然体でいられる」「酒を飲んでも気を遣わないでいい」「俺の酒の師匠」と言っている。
?の動画のインタビューで、8:25~「HIDEさんから見たX JAPANのメンバーは?」に対し、PATAのことを詳しく話している。
(出典:YouTube)
XJapanの真のロッカーPATAは、信頼される不動のギタリスト
「TokyoJournal」 のPATAへのインタビューより
――音楽を始めたきっかけについて教えてください。
PATA:中学生の時、妹がアコースティックギターを持っていたんですよ。それで、テレビとかでチープ・トリックとかを見てちょっとギター弾いてみたいなーと思って。それで触ったのが初めてかな。
ー―譜面を読む勉強をされましたか?
PATA:はい、楽譜や本を見て良く練習しました。
――譜面を読むのは得意ですか?
PATA:いや(笑)
――初めてバンドに参加したのはいつですか?
PATA: 16歳の時。高校の友達と一緒に始めたのかな。HardRockとか、BlackRoseっていう名前のバンドだったかな。ちょっと忘れちゃった。ギターでした。アイアン・メイデン、ラウドネス、ジューダス・プリーストのカバーを2年ほどやってました。
その後、オリジナルの曲をやるバンドをやったかな。そこでドラマーが抜けてしまって、でYoshikiに会うわけです。それが1985年。19か20歳の頃でした。YoshikiとTOSHIはXをやっていて、でもXはメンバーがTOSHIしかいなかった。Yoshikiは3週間くらいうちのサポートをしてくれていて、それで知ってました。で、Xからギタリストが抜けてしまってメンバーを探していたと。
ある年のお正月ぐらいにYoshikiから電話がかかってきて、ギターを弾いてくれって言われたんですよ。そこからなんか知らないけど、ずるずるといますね。それが始まり。
(中略)
――マディソン・スクエア・ガーデンはいかがでしたか?
PATA:まぁ楽しかったなっていうのが一番なんですけど、うーん、何だろう。ステージに立ててよかったなーと思うかな。マディソン・スクエア・ガーデンの。特別な思い入れはありました。レッドツェッペリンの「The Song Remains the Same」で育った人ですんで、一緒かと思えば、ちょっと嬉しかったの。
――将来海外に住む予定は?
PATA:明日の飯の予定も立ってねぇからな・・・わかんねえっす。
――夢は何ですか?
PATA:死ぬまでギター弾いてられたらいいかな。そんなもんでいいんじゃないっすか(笑)
――マディソン・スクエア・ガーデンが終わって、これからライブをしたいところはありますか?
PATA:うーん、どこにしよっかな・・・ヤンキースタジアム(笑)
――若いミュージシャンに向けて何かアドバイスはありますか?
PATA:やってりゃ楽しいことあるんじゃない?ってか、Keep on rockin’ってことじゃないですかね。
(「Tokyo Journal」 より引用)

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(出典:YouTube)
XJapanメンバーSUGIZOから見たPATA
?パリ在住の作家である辻仁成さんがSUGIZOにインタヴューしていた時にPATAの話が出た時の会話の1コマを抜粋してみた。
辻 あの PATAさんすごくいい人だよね。ZAMZA(辻仁成が在籍したラウドロックバンド)のヨーロッパツアーの時に3都市くらいを一緒に回ったことがあって、彼は常に温厚なんです。テクニックも素晴らしかった。
SUGIZO あの人(PATA)はカリスマギタリストなのにすごく優しい人で、大好きです。だから、いろいろ大変なこともあるし、無慈悲なファンの言葉にいつも傷つけられて這いつくばるんですけど、でもメンバーと一緒にいると本当に安心するんです。だから、X JAPANの「人」が好き。
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(出典:YouTube)
?X時代にプロデュ―サーだった津田さんもPATAの凄さを語ってくれている。PATAはずっと変わらない、”不動の男”。XJapanのムードメーカーだと。
(出典:YouTube)
hideがラジオでPATAのことを「大物だ」と話していた時がある。
それは、エクスタシーレコード時代のアルバム、「VANISING VISION」のギャラがデビュー後に入った時のこと。そのギャラをもらった時にPATAはそれ(けっこう、分厚い札束だとHIDEが言っていた)をズボンのポケットにつっこんでいて、スタジオでの練習中に落としてしまって、それに全く気づかずにPATAは帰ってしまい、見つけたメンバーが後であわてて連絡してPATAを呼び戻したらしい。( ´艸`)
それを見た、HIDEは「PATAは真のロッカーだ、かっこいい!!」と感じたらしい。

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XJapanのTOSHIとPATAの長年変わらない関係
2018年1月TOSHIが久しぶりにオールナイトニッポンに帰ってきて、1回目の放送の時にPATAをゲストとして呼んだ。TOSHIにとって、PATAは何かトーク番組に来てもらって話が弾みやすい相手なのだろう。
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PATAがTOSHIのことを「お前~」とかYoshikiのことも「あいつ」とか言っている。そんなふうに何があってもずっと変わらずにいられるPATAは本当に凄い。まわりはPATAといると、気を使わないで済むし、ホッとするのだろう。HIDEもPATAといても気を使わないから酒を一緒に飲むのにいいと言っていた。
TOSHIとPATA、2人の会話を聞いてると実にほほえましい( ´艸`)
?1991年、8月に復活したⅩJapanは、初の東京ドーム公演を行う。その前に、PATAはTOSHIと二人で東京ドームでキャッチボールをした。PATAの夢の1つが叶った瞬間だ。3:25~東海林のり子さんのインタビューにPATAが答えて東京ドームでキャッチボールした話をしている。
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TaijiとPATA
TaijiとPATAは、XJAPANのステージで隣同士だったので、2人で仲が良くくっつき合って演奏していることがわりと多くあった。
?メジャーデビュー直前、「爆発寸前GIGS」の渋谷公会堂でのライブ。 オープニングですっこけたTaijiを見て、PATAが微笑んで「大丈夫?」と言っているように見える。こんな何気ないしぐさを見ると、強面のメイクをしていても優しい人柄がわかってしまう、PATA。 PATAもTaijiも真のロッカーで、男っぽいキャラクターだという共通点がある。この2人は、けっこう仲が良かったと思う。
(出典:YouTube)
?デビュー後に新潟でのライブをPATA、Taiji、Hideの3人で告知している場面。
Hideが何度も何度も嚙み噛みになって会場名を言っているのを見て、楽しそうにPATAとTaijiが横でチャチャを入れている。とっても若くて可愛い弦楽器隊の3人。
その後、土手でつくしを仲良く積んでいる。( ´∀` )
(出典:YouTube)
?静かなXの時のPATAとTaiji。「PATA’s NAP~Voiceless Screaminng」
2人ともだいぶ酔っぱらってしまっていて、MCがほぼ漫才みたいになってる。PATAとTaijiの漫才コンビは見ていて楽しい( ´艸`)
(出典:YouTube)
?Taijiが脱退する前のラストのライブでのPATA。1992年1月7日の東京ドーム3DAYS。
普段はクールで寡黙な感じのPATAだが、長年苦楽を共にしてきたTaijiがこの日で脱退してしまうので、いつになく感情をさらけ出して泣いていた。この頃の若いPATAがすごく美しい。
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TaijiがXJapanを離れた後もTaijiとPATAは、つながりがあった。元COLORのボーカルで、後にフリーウィルの代表になったダイナマイト・トミーさんが監督をした映画「Attitude」で2人は共演していた。2008年のことだ。
?映画「Attitude」ダイジェスト版3:18~TaijiとPATAがバーで飲んでいる場面でPATAが出てる。
(出典:YouTube)
X初期は、モヒカンだったPATA
初期のX(XJapan)の頃のPATAは、赤毛にしてモヒカン刈りをしていた。
このモヒカンは、当時Xのスタイリストの役目をしていたHideが剃ってくれた。?♪
Hideは、PATAがあまりにも髪に無頓着で毛が痛んでたため、自分がPATAのヘアスタイリストになって、PATAの似合う髪形になるようにやってあげようと思って、モヒカンにしたらしい。
モヒカンにする時、PATAは少しだけ寂しそうな顔をしたそうだ。(*^^*)
?モヒカン時代のものすごい派手なメイクをしていた頃の若きPATA。
PATAもYoshikiやTOSHI達と同じくKISSのファンだった。メジャーデビュー前にはよくKISSを真似てメイクをしていた。今と全く別人で、とげとげしい感じの怖いお兄さんだった。そのPATAがカッコよくギターを弾いている。
(出典:YouTube)
PATAは、大先輩の天才ギタリストCharさんのファン。
(出典:YouTube)
ギター少年だった頃の名残が垣間見えるPATA、25歳。 若い頃のPATAはとても可愛い(・∀・)!! そして美しい!!
阪神ファンのCharさんと、巨人ファンのPATAの会話が面白い。
XJapanのライブで両手を放して「イエーイ!」ってやっている(←hideが”両手放し奏法”って言ってたやつです)hideを見ていて「なんで俺だけがこんな一生懸命に弾いているんだろう?」と疑問に感じたことがあると、Charさんに話している。
バラエティー番組に初めて登場したPATA
意外にもお笑い芸人の「ライセンス」と仲の良いPATA。その関係でお笑い番組に出演したことがある。
初めてライセンスに会った場所は、おばちゃんママのいる居酒屋のカウンター。
「芸能界って大変だよね。」ってカウンターの端に座っていたPATAがボソッと言ったらしい。 ( ´艸`)
(出典:YouTube)
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